先日,サイエンス・サポート函館の実行委員たちへのインタビュー記事,第一期最終回として私へのインタビュー記事を掲載しました。
最初の見出しが「山と共に生きてきた」。はじめて読んだ時,大笑いしてしまいました。
登山に人生かけてきたわけじゃないし,マタギでもないし。
さらにはタイトルとなった科学を伝えるひと,との自覚もないし。
でも,面白い記事に書き上げて頂いたと思います。ありがとうございました。
記事にある通り,私は高校生の頃から,あまり考えない進路選択を繰り返してきました。
#このことを晒すのはかなり恥ずかしい。
高校での理系選択の理由は文系の科目が好きになれなかったから。
教科担任は大好きでしたが,古文単語がダメでした。「あいなし」の意味を「愛がない」ってテストの答案に書いてました。
↑#山岳部の顧問でもあったこの先生は山と共に生きてますね。
これは,スティーブ・ジョブスのスピーチからその通りだと思ったことですが,脈絡無く見える選択は,後から繋げることが出きます。
#参考:2005年スタンフォード大学卒業式でのSteve Jobsのスピーチ,山口浩氏の訳
山登りしていなかったら,氷河の研究には関心を示さなかったでしょう。
そして研究の道に踏み込んでいなければ,今のように科学コミュニケーションの仕事をすることはなかったと思います。
バイオテクノロジー,農業へのプラスのイメージにひかれて入った農学部については,卒業後あまり関係のない大学院に進学することになりました。しかしながら,食中毒事件前年の雪印の工場で実習させて頂いたことが大きな経験となっています。HACCP,常温保存可能品製造現場で滅菌状態を保つアプセティック機構等々を実地でみた経験は,実は科学コミュニケーションについて学ぶ時,助けになりました。
結果論ですが,職業の型を決めずに先延ばしして来たことが,その後の予期していなかった経験の繋がりを生み出しています。
以上,キャリア教育という意味では落第な私の進路選択への言い訳でした。
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このスタッフインタビュー SSH星人シリーズ,読み返してみると,はじめてのはこだて国際科学祭の開催前から開催後まで時系列に並び,かつ,様々な思いを持つ多様な人たちが並んでいます。
私はサイエンス・サポート函館は多様なプラスの気持ちで協働しているから,多様な対象へ向けた面白い活動として機能していると思っています。そのことが感じられるインタビュー記事シリーズ,ぜひご一読ください。


