科学はコミュニケーションツール
文/鈴木せいら 写真・構成/佐々木康弘
※写真本文中2枚目はSSH事務局が提供
科学祭をディレクションする
数学者と聞くと、どんな人物をイメージするだろう。知的だけど、何となく気難しそう。あるいは、何でも数字で割り切ってしまう人?
下郡さんに会えば、さまざまに浮かぶイメージを覆されるはず。なぜなら、先生の口から語られる「科学」は温かく、やわらかなものだから。
下郡先生と科学祭の出会いは2012年。函館高専に赴任したばかりだった下郡さんは、学校に届いた科学祭のポスターを見て「ぜひ自分も参加してみよう」と自らスタッフに加わった。函館に来たからには、地域の人々と積極的に交流したい、と思っていたからだ。
2013年からは、科学祭の立ち上げから携わっていた渡辺儀輝さんの後を引き継ぎ、科学祭ディレクターという任に就いた。「渡辺先生から、次期ディレクターになって欲しいというお話を頂いたときは、大変驚きました」。渡辺さんのようなカリスマ性を自分は持ち合わせていないのでは、と感じたからだ。だが、「わたしと同じキャラクターをなぞる必要はありませんよ」と渡辺さんに言われたことで、役目を引き継ぐことを決意。「私はディレクターとして、科学祭に関わる各々の人がいきいきと活躍できれば、と願っています。それが私のスタイルです」と穏やかに微笑んだ。
ディレクターの任務は、科学祭全体の把握。すべてのイベントについて知っていなければならず、各企画の担当者と連携して具体的な内容詰めや依頼交渉などを行う。下郡さんの温厚かつ信頼性のある人柄をもってすれば、協力を依頼されて断る人はいないだろう。
科学を身近なものに変える
下郡さん自身が担当する企画のひとつに、「大人のキッチンサイエンス」がある。これは、函館短大や北海道ガスと連携して行っているイベントで、子供たちに人気の「キッチンサイエンス」を大人向けにプロデュースしたものだ。料理教室に科学的な解説を加味した、まさに「大人のための調理実習」。昨年度はトウモロコシをテーマに、その甘みを保つための工夫を紹介。実際に自分の舌と数値で、甘みを確かめてもらった。さらにトウモロコシを使った料理の実習を組み合わせることで、参加者に「科学を実感する楽しさ」を体験してもらい、好評を博した。
科学祭の魅力は、という問いに、下郡さんはこう答える。「函館には科学館がありません。代わりに、子供から大人まで様々な人たちへ、身近なものとして科学を提供できる場が科学祭なのだと思います」
科学祭との関わりのなかで、下郡さんにはまた別の顔がある。函館高専演劇愛好会の顧問として、科学演劇をプロデュースしているのだ。函館高専演劇愛好会が取り組む科学演劇は、例えば自転車で発電する装置を仕掛けに使うなど、演劇の中に科学のエッセンスを含めたもの。「演劇が伝えようとする人の考えや生き方というメッセージに、科学という視点が加えられています」
演じる学生たちにとっても、観客にとっても、大きく構えることなく科学のチカラを楽しさに変換できるイベントになっている。
科学も数学もコミュニケーションの手段
「科学というものは、文化です。人と人とのつながりをうまく作っていくための、ひとつの手段です」と語る。「いま、学問の世界では数学と化学など一見別々のように思える分野をつないで、さらに発展していこうとする動きがあります。人との関わりにおいても、違う価値観の人たちが科学の楽しさを共有することで、化学反応を起こしてくれたらいい。私にとっては、数学も、演劇も、科学祭もすべてひとつなんです」
自身が日々研究する数学においては、数学の力を高めることによってコンピュータープログラミングの力を伸ばそうという取り組みを行っている。数学の研究が、様々な技術の発展や他の教育機関・研究機関との連携につながる。下郡さんにとっての数学は、コミュニケーションを、そして世界を広げるためのツールなのだ。
科学は、楽しむためのもの。人とつながるためのもの。科学祭に足を運んで、ひとりでも多くの人にそのメッセージを実感してほしい。
2014年2月取材