函館スタイルを確立する、物理の申し子
取材・執筆:吉家 寿明(北海道教育大学函館校 マスコミ研究会)
科学は楽しい
市立函館高校の先生でNCVの「なべ先生のワクワク実験しまSHOW」に出演し、函館新聞の「Let’s Try理科実験」も連載中。さらには最近、新書も執筆した人気者の渡辺儀輝先生。今のクラスの生徒からは「物理の申し子」と呼ばれているそうだ。
そんな先生であるが、平成6年に石狩当別高校に勤めていた当時出演したNHKの物理を特集した番組に出演したときのこと。
ある日の授業に、取材班が物理の授業風景を取材しに来た。当時、物理クラスは9人の生徒しかいなかったものの、できるだけ楽しくやろうということで、いつもどおりの実験三昧の授業を展開した。
ところが放送された番組の内容は、画面にはだだっ広い教室が映し出され、一番前の机で生徒9人と先生が顔を寄せ合って実験をしている。何ともさびしい画である。その実験がいかに楽しいものであっても、である。
物理の楽しさを伝える番組だったのだろうと思い、出演したのであるが、かなり内容が片寄ったものだった。その番組は「楽しい」物理ではなく、「ヤバい」物理を前面に押し出した内容のものだった。
渡辺先生は函館に転勤してきて、「ヤバい」物理ではなく「楽しい」物理を、というよりも「楽しい」科学に親しんでもらおうということで、青少年のための科学の祭典の事務局長を引き受けた。
会場の市民会館には5000人が集まり、その様子が函館新聞に取り上げられ、それがきっかけで紙上での連載がはじまった。すると、今度はNCVでも15分の番組をもつようになった。
「自ら進んでというよりも、知らぬ間に巻き込まれていったね。だから、せっかく巻き込まれたのであれば、お互いが喜べるように楽しくやろうって感じで(笑)。別にお金がもらえるわけではりません。でもお金とかではなく、毎日食べる御飯がよりおいしく感じられるって、気持ちがいいもんです。」と渡辺先生は言う。
理科離れ
「理科離れ」という言葉をよく耳にすることがある。しかし、渡辺先生はそのように考えない。現に、スペースシャトルや万能細胞のニュースがトップニュースにだってなる。
「子供たちが理科から離れているというよりも、(大人が作った)制度が子供たちを理科から離している」、つまり「理科離し」に原因があると渡辺先生は考えている。
確かに大学受験のことを考えると、文系・理系といったクラスの区分をして、受験科目のとおりに勉強するのが一番良いことのように、一見思える。高校の理科は物理・化学・生物・地学、この4科目に分けられている。しかし受験のこともあるので、文系と理系の人の間では選択する科目がほとんどと言っていいほど異なるのが現状である。筆者も文系出身なので、高校時代は周りに生物や地学を選択する人しかいない環境にいた。
しかし、文系・理系の垣根など本来はあり得ないこと。諸外国ではそのような区分はしないようだ。物理・化学・生物・地学の中で、興味のあるものから選ぶことは、その人のモチベーションにもつながる。文系と理系、物理・化学・生物・地学に分断してしまう考え方に対し、先生にしてみれば「必要なのは、少しの専門性と幅広い教養」なのだという。
函館スタイル
それにしても、新聞やテレビなどで科学が取り上げられ、しかも長年にわたり連載が続くというのは、他にあまり例を見ないことである。それが可能なのは、「函館でしかできない、特殊性がある」からだと渡辺先生は言う。
「ご家庭に科学を、新聞やテレビで見てもらうにはちょうどいい規模かな。」と、函館における規模の特殊性について語る。確かに人口も30万人前後で、規模としても大きすぎず小さすぎない。これが北海道全体に対してとなると、規模としては大きすぎるのかもしれない。
函館の特殊性は、ネットワークのつながりにも現れる。市民活動のネットワークに関して言えば、他の都市に負けるとも劣らない規模で行われている。先生は「函館は、やろうと思えば、何でもできる街なんだと思う。もし、このネットワークがもう少し強化されるようになれば、より魅力あふれる街になるんじゃないかな。」と言う。
先生は、既存のネットワークの重要性について、次のようにも語っている。「ネットワークも、切り口しだいで可能性が広がっていくんじゃないかな。みんな知らないだけで、国際、歴史、経済、水産、といったようにたくさんの切り口があるんだと思う。他にも知らないだけで、まだたくさんの切り口、魅力があふれているんだと思う。実は函館って魑魅(ちみ)魍魎(もうりょう)が跋扈(ばっこ)している(笑)じゃないけど、そうした魅力なんかをネットワークを通じて生かしていくことで、このことは他都市のモデルにもなり得ると思います。」
このような特殊性を生かしていくことによって「函館スタイル」を確立していき、さらにはこれが他都市のモデルとなる可能性はむしろ大きいのだろう。
渡辺先生が参加しているサイエンス・サポート函館は「市民の日常の中に科学を文化的活動として根付かせる」というミッションを掲げている。科学が文化に根付くということは、日常の中のふとしたことに科学を感じること。「例えばある催しものが行われるとき、国際ってなると違和感のないように映る。これは、国際が文化として根付いている証拠。そこで、科学の催しものが開かれた時に『何で?』っていう反応ではなく、『そうだよね』となった時に初めて、科学が函館の文化になった、と言えるのかな。」
理系や文系などのカテゴリーから離れ、科学が市民の間に文化として根付き、さらには「函館スタイル」が確立する。そんな函館の未来は、市民間のネットワークの強さによって切り開かれていく。
2009年3月取材
著書
なぜ救急車が通り過ぎるとサイレンの音が変わるのか(2007/11/24 宝島新書 ¥700)
おもしろ実験と科学史で知る物理のキホン 力・熱・光・電気・流体がスラスラわかる(2009/5/24 サイエンスアイ新書 ¥1,000)